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2009/10/9 ルーブル美術館にマクドナルド。この状況で問題でも?
今ではピラミッドから万里の長城にまでマックがあるらしいですが、ここのショッピングモールは同美術館直営ではなく、欧州最大の不動産会社ウニバリ・ロダムコが経営している。マクドナルドの広報担当者は、ルーブル出店に問題はないとの見解を表明。「モール内には既に多数の飲食店が入っており、われわれはそこに加わるに過ぎない。(米系コーヒーチェーンの) スターバックスさえ営業している」と語った。ルーブル店の工事は近く始まる予定。 すでにスターバックスまである地下のショッピングモールならいいのではと思いますがね、、。写真で別な説明をすれば、ルーブル美術館は上の左の様に、正面こそ威厳がありますが、広大な中庭には、ふさわしくないと物議をかもしたガラスのピラミッドがあります。この記事のショッピングモールや巨大なフードコートというのはこの地下1階なんですね。地下から見ると明かり取りを兼ねたガラスの逆ピラミッドが中央に下がっていて、この周りがレストランやショッピング街なので、記事からすると正面に近い地下部分のようですが、別にこの辺にモナリザがあるわけでもなく、保守的なフランス人やファーストフードを嫌うレストラン側の難癖のような気がしますけど、、。 2009/8/23 迷惑な旅行者
多分取っ手のある車輪つきスーツケースタイプじゃないかと思うが、平和ボケの日本人と言われても仕方ない。ましてベルリン国際陸上で、ドイツ中がテロを警戒してぴりぴりしている。特に飛行場や駅などは警戒態勢に入っている。ニュースには同情した意見もあるが、日本であっても特別警戒中の場所に、持ち主が不明な箱などが置いてあれば危険物では無いかと疑われるだろう。ましてやスペインなどで列車爆破などが起きた欧州では危険物に過敏になっている。世界中でテロの危険の無いのは日本とアラスカくらいで、一歩外に出れば行動に注意が必要だ。 自分の例で言えば、海外では身分証の携帯が義務の国がある。身分証が無い場合はパスポートを提示する。北欧にいた時、国際会議があり厳戒態勢になったことがある。知り合いの日本人が身分証不携帯でつかまり、警察の通訳をしていた関係で呼ばれた。彼は髪を長く伸ばし、汚い軍隊のジャケットを着てひげをわざと伸ばしていた。自分もその少し前に、それでは中東の人間に間違われるからきれいな身なりにしたほうが良いと忠告したが彼は聞かなかった。この件でえらく反省し、彼は次の日には床屋に行った。簡単なことだが、海外では日本の法律では守ってくれない。誤解を招いたほうが一方的に悪くなる。 事件は左の写真の列車の左にある待合室で起きた。右は荷物の確認で呼ばれた日本人旅行者と警官。 2009/8/3 国民はまじめなんですが、、。なんせ政治が三流で、。トホホ
これが以外に大きな話題を呼んだらしく、他の国でも報道されている。このつくば市のYasuyuki Yamada, 35歳 さんは「ローマでのレストランの散財を除けば旅はすばらしかった」「申し出はありがたいが正式であれお受けするつもりは全くない。、、文化の違いがあるし、店の問題。イタリアが嫌いになったわけではない。できれば自費でまた行ってみたい」と語ったとイタリーで報道され、この発言が日本人の株をまた上げたようだ。 イタリーのマスコミによれば「ほかの人なら喜んで招待を受けた上に、友達まで一緒に(無料で)イタリ アに連れて行ったかもしれない」とした上で「2人を模範とすべきだ」などと褒めちぎり、更に、国営イタリア放送は31日、「日本人が示した節度を見習わなくてはならない」と伝えた。(写真は法外な会計伝票を載せた英字記事) この方を見習わなければならないのは日本にも多い。税金で出かけ、ろくな仕事をしないで酔っ払ってイタリーから帰国した政治家。税金で贅沢三昧の旅をする役人。こちらから見れば、有無を言わさずこのレストランを閉鎖に追い込んだイタリーの市長もたいしたものです。 2009/7/6 がんばれ ベッキー 先は長いぞ!日本まで、。ベッキー・サンプソン Becky Sampson
すでにドーバー海峡を渡り、今はベルギーの下、フランス北部を進行中。(右地図) 旅の状況は http://www.expeditionequus.com/ をクリックして、上にある赤い中の Route を押せば地図で確認できます。Gallery を押せば写真など、、。 激励などする方は 上のアドレスから GuestBook を探して書き込み、最後に指定の英文字を入れると送信できます。この5文字入れる際は 大文字 小文字 数字をそのとおりに入れること。 2009/4/4 英国~最終地 日本 4年で15000キロの旅
シルクロードをたどることが旅のテーマの一つで、中国のタクラマカン砂漠も通る。地形などから馬での旅が難しい一部のルートでは、ラクダに乗り換えることも考えているが、基本的には愛馬の「バーティ Bertie」と旅を続ける。 中国の西安から上海に入り、船で大阪に到着後、シルクロードの終着点ともいわれる奈良を訪れる。その後、三重や愛知、静岡などを通り東京へ。日本には約1年間滞在する予定。 計画では、春や夏など気候の良い季節に旅を続け、今年の冬はトルコで英語を教えて旅費の一部を稼ぐ。移動中の夜はテントで寝るという。 昔一人旅した経験から言えば、このルートは男でも危険だ。中近東がとにかく危ない。今でも山賊が出る地域がある。オジも計画だけしたが、危険に会う確率が高く断念した。とにかく無事に着いてもらいたいね。彼女の旅の進行状況はGoogleMapで確認できるようになるようです。書き足せば、単なる冒険ではなく、行く先にあるSOSという世界的な孤児の村を訪れボランティア(英語授業など)もするようです。そしてこれが ベッキーを追跡できるサイト http://www.expeditionequus.com/
こっちも連絡用のアドレスのようです http://www.twitter.com/expeditionequus コチラは ベッキーの紹介記事 英文 http://www.riskcollective.com/london-to-tokyo-by-horse-1254.htm 2009/3/18 珍しい国からのニュース珍しい国のニュースで面食らった。中近東のイエメンYemenからのニュースで、昨日、日曜日の夕方、ツーリストの集まる丘のうえで爆弾が破裂して、観光中の韓国人4人(男女各二人)とイエメン人通訳1人が死亡、数名が負傷した。砂漠と岩山に囲まれたシバームShibamという歴史ある名所で、写真の近代的な高層ビルに見えるのはすべて泥レンガで作られている。別名「砂漠のマンハッタン」で約500年前の建物群(ユネスコ世界遺産)。あまりに不思議な街なので動画を載せました。題名は「世界最初の高層ビル」下の写真は上からと、周りの山からの風景。全景が見える高台の場所で写真撮影中仕掛け爆弾が炸裂した。犯人は自爆。 アラブ人の国であっても、反アルカイーダ、反イスラム過激派の政策のようで、16日には別件で手配中のアルカイーダ幹部がこの国で逮捕されている。この事件の 犯人は今年18歳になるアリ・モセン・アル・アマドで、 イエメンの首都サナアのアル・サラム地区出身だった。犯人はアル・カイダのイエメン支部に所属 していたことも分かった。犯人は爆破直前に一緒に写真をとろうと近づいてきた。なぜかその数日後の韓国からの調査団と遺族もイエメンで爆弾テロに在っている。韓国人を狙う動機が不明だ? 2009/2/24 超長距離ドライブ英国の男性が、同国とシンガポールを車で往復するという偉業を成し遂げた―約4万キロもの移動に使った車は、300ポンド(約4万円)で購入したものだったという。複数の英メディアが伝えた。シンガポールの親せきに会いに行くための移動手段に、なぜか車を選んだドワイト・ウッドさん(51)。15年前に購入した「シトロエンZX」に妻と娘(19)、息子(6)を乗せて英国を出発し、欧州諸国を通過。ロシア、モンゴル、中国と南下し、目的地のシンガポールに到着したという。移動中は、砂漠や標高約3000メートルの高地など険しい道のりを進むこともあったようだ。大量のひょうやセ氏50度の暑さなど過酷な天候に見舞われながらも、 車にかけた費用は燃料代1400ポンド(約18万円)と修理代300ポンド(約4万円)の計1700ポンド(約22万)だけだという。 帰国手段について、当初は空路を考えていたウッドさん一家。しかし、車の状態がよいことから英国まで車で帰ることに決めた。シンガポールからインドのチェンナイまでは船で車を輸送し、そこからは再び車でパキスタンやイランなどを通過し、英国まで無事に戻ったようだ。 帰りもドライブする事を「同じ旅をするだけさ」というこのオヤジ。尊敬申し上げる。今はイラク戦争などでだめだろうが、1960年代はロンドン発インドというとんでもない長距離バスが走っていた。確かオリエンタル何とかというバスだったな。オジの愛車、すでに28万キロ。昔はまじめに車でロシア経由で北欧まで行く事も計画したが、当時のソビエトは許可しなかった。このドライブ、通過国実に24カ国、所要時間6ヶ月、「そんなに金をかけないで旅ができる事を証明したかっただけさ」、、無銭旅行したオジとしては同感だな。今の若い人はしないようだが、、。2月16日のTHe SUN からと他から抜粋 2008/10/7 地に落ちた 餃子(ぎょうざ)宇都宮市を訪れる観光客らや市民の待ち合わせ場所になっていたJR宇都宮駅東口に1994年からある「餃子(ぎょうざ)像」が、6日午前9時過ぎ、移転作業中に倒れ、胴体が真っ二つに割れた。確かに二つに折れてますね。軟石の大谷石製で風化も進んでいたらしい。(宇都宮の餃子の始まりは、陸軍第14師団が昭和15年8月以降、衛戍地(えいじゅうち)を満州としたことから、宇都宮出身の将兵が帰国に際して本場の餃子の製法を持ち込んだのが始まりといわれる。市内には餃子専門店と餃子を扱う料理店が合わせて約200軒あるという)。餃子の街のシンボルの元の状態の写真が下、左は倒れた様子。 あの中国の餃子事件はどうなったか?6月に中国国内で回収された餃子で中国人4人の中毒患者が発生、これで中国での毒物混入がはっきりし、警察もやっと動いた。散々日本を非難した勢いはもうまったく無い。最新の状況は、製造元の天洋食品(河北省石家荘市)の従業員について捜査を進め、容疑者を「数人」まで絞り込んだが、いずれも犯行を否認していることが9月29日分かったというもの。これも中国公安の言うことだから真実は不明。事実究明より国家の体面を重んじる国だ。どんなデッチ上げをするか分かったものではない。 そんなときに倒れたシンボル。一向に進まない事実究明に力尽きたかのようだ。実際は移設作業のミスらしいが、、、。 2008/6/4 Expedia 「エクスペディア・ベストツーリスト2008」2年連続日本が1位。
調査対象 大げさに言えば、世界一マナーや礼儀を守るのが日本人。これも努力した結果ですね。数十年前は結構マナーの悪いことが問題になっていましたから。詳細を見ると、結構アメリカ人の行儀が悪い。文化程度の高い北欧が意外とランクが低いのはチップをケチるからでしょう。これは伝統的に倹約する国民性だと思うので仕方の無いこと。しかし、フランス人がロシア人より低いとは、以外でした。、 2007/4/7 キオスク KIOSK KIOSKIこれが誕生したころからKIOSKをなぜキヨスクと読ませるのか違和感があった.北欧には道端や市内に多く点在していて、フィンランドでは英語の(もとはトルコ語) KIOSK を最後が母音で終わるフィン語読みに変換して KIOSKI と表示されている.カタカナで書けば キオスキ になる.住んでいたころはここでアイスクリームを買ったり飴や雑誌を買ったり、小さな村などにはこれが子供のたまり場になっている.小ぶりなドラッグストアみたいな感じ.この呼び方変更で懐かしく思い出したので、フィンランドのKIOSKIの写真をアップしてみた.最初に日本でキヨスクと命名した由来が「清く」「来易く」と言うことらしいが、これは質の悪いオヤジギャグでしかない.結構そういう変なこじ付け的な名称が公的な施設についている.札幌のコンサートホールにキタラというのがあるが、「来たら」のもじりだろう.これはこれで定着してしまったが.
札幌のサッカーチーム 「コンサドーレ」はドサンコ(もともとは北海道産の馬のこと)の文字の入れ替え.これなどは成功例かな.しかし、立派に原語がKIOSKとあるものをキヨスクと読ませるほうが変だろう.外国人が日本でKioskを見れば、だれでもキオスクに近い発音をするだろうことだどうして想像できないのか?この辺が役所の国際感覚のなさという事か。まー、とにかくキオスクに変更されるのでよかった.(どうせならフィン語のように最後が母音で終わるキオスキにしてくれればよかったのにな...日本人にKをクと読ませるのも無理がある。同じ理由でフィンランドはkiosukiにしている。日本語と同じように、フィンランド語の名詞は最後が母音で終わる) 下はフィンランドのキオスキ KIOSKI 最近のは昔よりデザインが洗練されてオシャレになっていますね。
2007/1/13 世界はこう見る.世界の日本人ジョーク という本がベストセラーらしいですね.世界のジョークを通じて見えてくるのはその国の国民性.結果的には,、「日本人=自分で決定する能力がない、会社に縛られている」,「フランス人=エッチ」「ロシア人=酒好き,浮気もの」「ドイツ人=堅い」「イタリア人=女好き,怠け者」「ユダヤ人,スコットランド人=ケチ」「米国人=独善的,裁判好き」「英国=食事がまずい,融通が利かない」と評価されているようです.また、アイルランド人やポーランド人、韓国人,メキシコ人はけち,馬鹿,みっともない,田舎ものなどの対象にされることが多いようです(オジのイメージではありませんのでアシカラズ) それではオジが拾い集めた選定集です.分かりずらいのは説明付
数人の朝鮮人がこんな話をしていた。「我々は、何かというとすぐ日本人のせいにしてしまう」「うむ、その通りだ。いったいなぜなんだろう」
「私もわからない。なぜ日本人のせいにしてしまうのだろう」 答えが出ないまま、朝鮮人たちはしばらく話し合った。 そして次の瞬間、全員が同時に叫んだ。「(こうやって俺たちが悩むのも)日本人のせいだ!」 あるスコットランド人が宝くじを2枚買った。うち一枚が一等当選した。さっそく友人がお祝いに駆けつけると、スコットランド人は哀しそうな顔をしている。
理由を聞くと…「なんで2枚も宝くじを買ってしまったんだろう」 (ケチ) ユダヤ人はなぜ何年も彷徨ったの?砂漠に1セント落したからさ。(ケチ)
無人島に男2人女1人が流れ着いた。この男女3人が…イタリア人の場合、男同士が決闘し、勝った方が女と結ばれた。フランス人の場合、3人で仲良く3Pをはじめた。ロシア人の場合、女には目もくれずウォッカを飲み始めた。イギリス人の場合、男同士で絡み始めた。日本人の場合、男達はどうしてよいかわからず本社にFAXを送った。
「日本人はどうしてあんなに味に敏感なんだろう。」「簡単さ、舌が2枚あるからだよ。」
赤ちゃんの見分け方。赤ちゃんが、蝙蝠傘をもってたら、イギリス人。赤ちゃんが、鉄兜をつけてたら、ドイツ人。赤ちゃんが、コンドームをつけてたら、フランス人。あなたが女性で、赤ちゃんがこう囁いたら、赤ちゃんはイタリア人。「今晩、どお?」
ロシアの男で出張して浮気をしなかったのはユーリ・ガガーリン(宇宙飛行士)だけである
東京人、大阪人,名古屋人が会食しました。会計のとき,東京人 「・・・予算足りるかなあ」と考える。大阪人 「割り勘でなんぼになるか」と考える。名古屋人 お礼の言葉を考える。
ヴァチカンにて2人の司祭がイェルサレムをめぐる争いの悲劇を嘆いていた。「おお、主イエスよ。あなたはなぜイタリアに生まれてくださらなかったのか!」 ..「処女が一人もいなかったのではあるまいか」
「ライト兄弟よりも300年も前に空を飛んだ人がいるんだってよ!」「また韓国だってよ!はっはっはっは!」 (韓国人の自慢したがり屋)
ポーランド人の社会の窓が空いてるのはどんなとき??11まで数えなければならないとき (10本の指で足りなくて...ということ)
飛行機に乗せたスーツケースがやっと戻ってきた。日本の飛行機会社の職員は頭をペコペコ下げながら。アメリカの職員は弁護士を連れ「当社に責任はない」と言いながら。インドの職員は3日後やってきた。イタリアの職員は……来るはずが無かった。
下に続く 世界はこう見る 上からの続き船長『タイタニックが沈没しそうだ!まずは女子供をボートに乗せなければ!』
船員『でも男達も助かりたいとボートに乗りたがってますが!?あのイギリス人はどうします?』 船長『君はイギリス紳士なんだからと説き伏せろ!』 船員『ではあのドイツ人は?』 船長『これはルールだから守ってくれと言っておけ!』 船員『ではあの日本人は?』 船長『みんなそうしてるんだからあなたもそうしなさいとと言っておけば大丈夫だ』 神がイタリアを作られたとき、大天使ガブリエルが神に抗議した。「神よ。 なぜイタリアにだけ、これほど恵まれた気候、肥沃な大地、美しい景色、すばらしい風景など与えられたのですか? 他の土地に比べてイタリアは恵まれすぎています」 神は答えた。「安心しなさい。イタリア人を作っておいたから」
ドイツ軍とイタリア軍の対峙する前線。両軍とも塹壕に篭り、相手に損害を与えられないまま戦線は膠着状態となった。塹壕に篭ったイタリア兵を狙撃するためドイツ軍は、イタリア人によくある名前を叫んで頭を出したところを狙撃するという策に出た。
独兵士「おーい、マルコ!マルコはいないか?!」(イタリアの典型的な男の名前)兵士「ここだよー」と、頭を出して答えたイタリア兵は撃たれる。この策で多くの損害を出した末にイタリア兵もようやく学習し、同じことをドイツ兵に対して試みた。伊兵士「おーい、アドルフ!アドルフはいないか?!」独兵士「今俺の名前を呼んだのはどこの誰だ!」伊兵士「はい、私です!」と、頭を出して答えたイタリア兵は撃たれた。 フランス人は人前で自分の配偶者を決して自慢しない。なぜなら自分よりも配偶者の事を良く知っている人の前で自慢する事になるかもしれないからである。
人間とは、二種類に大別できます。 イギリス人「紳士と下衆だ。」フランス人「美食家と悪食家だ。」日本人「金持ちと貧乏人だ。」中国人「共産主義者と堕落した資本家だ。」 アメリカ人「俺達とお前達だ。」 2006/11/26 今だから書ける事15.オジもスパイだった?イギリスでロシアの元諜報部員が暗殺された.それも放射性物質で,,致死量が1兆分の7gというからとんでもない劇物ですね.持ち運びはパチンコ玉程の鉛の容器で十分とか..ところで,オジも若いときスパイ扱いされ,命の危険もあった.今ではこのことを知っているのは,まだヘルシンキに住むヒデと数人くらいだろう.(そう言えば最近メールが無いな.読んでたらメールください..)
発端は,ヘルシンキで日本人が麻薬所持の疑いで逮捕されたことに始まった.庭に埋めていた大麻樹脂が発見され,本人は拘留され,なぜかその捜査の通訳を頼まれたことで事が始まった.通訳しているうちに,本人あてのスウェーデンからの日本人仲間が書いた手紙を訳すことになった.今だから書けるが,数人の日本人の名前も在ったが,警察には全部は通訳しなかった.大きな事件にしたくない心理が働いたのだろう.
それからしばらくして,スウェーデンからの旅行者と話をしていると,スウェーデンにいる仲間が,そのときの通訳は日本人のスパイだからブチ殺すといきまいているといううわさを話してくれた.オイオイ,それはオジのことだろう.これはやばい!本気では無いにしろとんでもない逆恨みである.
早速警察に事情を話し,身辺警護を頼んだが,そこまで手が回らないという.そのとき,代案として護身用の催涙ガスの許可証を発行してくれたのが下の写真.この許可証はピストルの許可証でもある.当時の書類と一緒に保管してあったもの.早速,プロ用の催涙ガスと射撃様の22口径のピストルを購入して練習した記憶がある.今は分からないが,当時の平和な北欧でも比較的自由に銃器は手に入った時代であり,自分の身は自分で守るしかない.結論から言えば何事も無く,その後帰国して今に至るのだが,何とも物騒な青春時代の思い出である.そのとき捕まった日本人は,その後強制送還になったと記憶している.
その当時は,北欧に日本赤軍が隠れているとか,アラブゲリラのアジトがあるとか,とにかく物騒な時代だった. 2006/6/27 治安が悪いヨーロッパの治安がかなり悪い.イギリス、フランスの治安の悪さは昔からで、夜地下鉄に乗るのには男でもかなり度胸が必要だった.サッカーのニュースと共にドイツの治安の悪さも伝わってきている.
失業率の高さから、青少年のギャング化が進んでいるらしいが、ドイツでもとは驚いた.
オジの知る当時のドイツからは想像も出来ない.
ユーロ内での往来が自由になり、犯罪が国際化してきているようで、ベルギーやドイツで高級車を盗んで、そのまま東欧圏まで走り抜けるそうだ.確かに可能な距離ではあり、盗難に気が付いた頃には東欧にたどり着いているだろう.
最近、知人の設計をしている方がヨーロッパ旅行から帰ってきての話である.
イタリーの空港でしょんぼりした日本人に会った.彼は入国後すぐに、盗難に会い、やむなく帰国するとの事.昔からイタリアはドロボーが多く、地中海を背に写真を撮ろうとしたカップルがイタリー人にカメラを渡し、ポーズを取る為場所を離れ、カメラのある方に向き直ったら、カメラも、渡したイタリー人もいなくなっていた等は有名な話である.
しかし、今回聞いた話は手が込んでいるし、確実に日本人が狙われている.
被害にあった方が道に迷い、困っていると片言の日本語でイタリー人と思しき人が寄ってきた.
ホテルまで案内してくれ、コーヒーを飲むことになり、飲んだ途短に意識がなくなったそうである.
どうやら、睡眠薬を盛られたらしく、その間に鍵を盗まれ、部屋から金品が盗まれた.
かなり計画的で、相当な数の日本人が被害にあっているらしい.
イタリー人の名誉のために言えば、恐らく違法移民の連中の仕業と思うが、旅の予定のある方はご注意の程を.. 2006/6/21 今だから書ける事14逃亡これから書くことは、その当時に書けば間違いなく警察の公安課かどこからか呼び出される内容だろう.それほどに、日本としては知ってもらいたくない事実である.
ベトナム戦争の末期、日本の佐世保などに一時休暇でベトナムから兵隊が上陸していた.
その一部が、北海道まで隠密に逃げ出し、根室当たりでレポ船(秘密裏にソビエト領海まで行くことを許されている漁船)に乗り、ロシア(当時はソビエト)経由でスウェーデンまで亡命した事実がある.その人数は不明.当然、アメリカ人を助けた組織があり、名前は控えるが、戦争反対の全国組織が手助けした.協力した日本人の中には学生、それも高校生も混じっていたと聞く.
日本の政府は、アメリカへのメンツから協力者を捕まえたかったに違いない.
オジが何でそんなことを知っているのか..
実はスウェーデンで偶然その元米兵に会ってしまった.
彼は、本当はそんなことは他言してはならないはずだが、雑談の中で、彼が北海道を知っていると言ったことから流れを知った.当時は半信半疑だったが、帰国してからそれが、公表はされていないが事実だと知った.表面上は、日本での逃亡兵は誰一人いないことになっている.
彼は戦争中に覚えたマリファナを吸いながら、「そのうち、パスポートを偽造してアメリカに帰るんだ.」
と明るく語った..逃亡兵には時効は無いらしい.ジョン.レノンが好きだと言った.
もう、アメリカで暮らしているのだろうか...
彼に「監視されているから..」と言われ、二度目に会うことは無かった.
イラクから自衛隊が帰る.一発の銃弾も撃たず帰国するのは喜ばしいが、果たして最善の方策だったのかは未だに疑問に思う.前にも書いたが、この国は800兆円の赤字国である.世界中の軍事費の合計が50兆円だと言うのに...一人当たりの負担を計算しようとしたが、電卓の桁数が足りなかった...桁外れとはこの事か..
2006/5/29 今だから 書けること13 アジャンタ2この時の旅行は、日本に帰国してからの仕事の旅行であった.用事は大都市のボンベイで済まし、ゆっくりインドの鉄道で観光でもと思ったが、昔のバックパックとは違いスーツケース持参である.
インド人に、間違いなく荷物が消えるからやめろと忠告され、田舎のホテルを拠点にタクシー利用となった次第.ホテルからローカルの飛行場へ、そして国際線の飛行場へと帰国の準備に入った.
フロントでもたつき、時間が無くなり、またあのスカポンタンウンチャンのタクシーに乗る.
助手席を見ると、ダンボールで穴を隠している.ダンボールかい!と思っていると、はずしてその下を見せてくれる.、なにやら白いものが何枚も貼ってある..「あー!あれか..」
実は前回乗った際に、もう帰るからいらないと持参していたクスリなどを上げたのだが、その中にサロンパスが入っていた.穴ふさぎに使っている.確かそのとき、水が掛かっても大丈夫だから、シャワーの時もそのままでいいと説明した.あげたのには理由がって、薬の中に正露丸等があった.どの国も入国はうるさくないが、出国の検査ではいろんな国で引っかかる代物である.麻薬犬にワンといわれりゃ大モメになる.幸い下痢にもならなかったので、不用品は現地処分がオジの旅行術.
さて、大きなスーツケースは車のルーフに乗せられた.
早朝で霧が出ているせいか、道は湿り気がありホコリは立たないようだが、飛行場まではかなりの悪路.
何が起きたか察しがつくだろうか.走り始めてしばらくして、天井に頭を打つほど車がはねた.
思わず後ろを見ると、スーツケースが吹っ飛び、道路に荷物がノミの市状態!ウッカリしてケースにベルトを巻くのを忘れていた.「ストップ!」と叫んで二人で拾いに走る.時間が無い.
幸いビニル袋に小分けしてあったのでパンツが飛ぶことはなかったが...なんと野良犬が咥えている.
オヤジが棒切れもって走る.すごいダッシュ!イヌが口から離したのにオヤジは追っている??...そして、視界から消えた!何考えてんだ、まったく.
拾い終わってもオヤジが戻らない?犬にさらわれたか?あんなカレー味、うまいはずが無い.
居ました!木陰でウンチしてる!おやじ、そんな場合じゃないだろう!
お前のウンチ(失礼)タイムの為に、メーター料金払ってんじゃねーよ!この、スカスカポンタン!スカポンタン!
荷物を座席に積んで、待っているのにまだおやじが戻らない!いい加減にしてくれ!
さっきの木陰にもいない.何やってんだよ!
なんと、腰巻見たいのをたくし上げて、横の小川でオシリ洗ってる!ばかたれ!○○たれ!本当に○○たれてんだから、これ以上の言葉が見つからん!
今思えば、イヌを追うふりをして、場所を探していたのでしょうか.だとしたらシャイなオヤジです.
飛行場までの道すがら話して分かったことがある.
オヤジさん、あげたクスリの中の、便秘止めを飲んで出勤なさったのでした.もちろん何のクスリか分かった上で..確かに..何時飲めとは教えなかったが..オヤジいわく、「ニホンノクスリ、ヨクキク!」
ええ、そうでしょう.身をもって体験されたのですから、..サロンパスの使い方に問題はあるが.
それでも非常に気のいいオヤジさんでした.しっかり握手もしたし.不潔?そんなこと気にしてたら旅は出来ません.笑い飛ばすしかないのです.半分なみだ目でも...
今でも、棒切れ振りかざし、オシリを押さえ気味に、小走りするオヤジの姿が目に浮かぶ..
結局、なんだ?オジの荷物はどうでもよかったのか?今気が付いたが..
2006/5/28 今だから 書けること12 アジャンタ1今日の世界不思議発見はインドのアジャンタだった.行っているので懐かしいと書きたいが、実際は短時間で似たような遺跡を見すぎて、印象に残っていない.時間が無いので、英国風な古いタクシーを借り切って走り回ったが、助手席の床に穴が開いていて、暑くて窓を閉めると独特な赤い砂ぼこりが車内に充満するすさまじいタクシーだった.外はきれいな景色なのに、中は砂嵐.たまりかねたウンチャンが窓を開けてくれと頼んできた.窓をあけると霧が晴れたようになったが、今度は熱気が入って暑い.
それよりオジはホコリで息が出来なくて、宇宙旅行でもあるまいし、それこそ酸素ボンベがほしいくらい.エアコンなど効かないし、壊れていて当たり前の世界.たまりかねて文句を言うと、ウンチャンなにやら大ぶりのハンカチのようなのをくれる.それで口を隠せと言うことで、オジはカウボーイ映画のギャングの格好と相成った.
早口で、運転手のオヤジが○○テンプルだとか、ここは○○村でとか説明するが、何も見えん.当たり前だ!メガネは砂ほこりで真っ白、見えるわけが無い.聞こえん.けつが痛い.ヘタにしゃべれば舌を噛む.この天地がひっくり返るようなドタバタ運転中、運転のオヤジはよくしゃべる.オジのことを何かにつけてサー(公爵、だんな様ほどの意味だろう)付けで呼ぶ.植民地の名残だろうが、オジはコウシャクでもなければシャクナゲでもない.「インド、ビューティフル?サー」「グッド ドライビング?サー」.今なら、お前は福原愛かと突っ込みいれただろう.何か効かれても、力なく後部座席で「アへ、ハ、ハハ」と笑うだけ.なぜそんなときに笑いが出るのか心理学者に聞いてみたいものである.全てはオヤジが風光明媚な田舎を見せようとした為に未舗装の近道を通ったためだった.
もうギブアップ!止めてくれと催促.
オヤジも悪路で腰が痛いらしく、二人とも外に出た.いったん休憩.
オヤジは顔から全身、真っ白な私を見て大笑いしている.笑うオヤジもヤニで黄色い歯以外はホコリで真っ白になっている.まるで墓場から出たばかりのオヤジゾンビである.黒いはずのタクシーがらくだ色になっている.田舎の道端でのオヤジ二人の大笑い.オジが30代の時のアジャンタ旅行記である.全てを笑い飛ばせるほどに太っ腹でなければ旅は出来ない.タクシーのオヤジの別れ際の言葉を今でも覚えている.
「また来たら呼んでくれ.」...誰が呼ぶか!このスカポンタン!、それでも人に話して笑えるほどの思い出にはなった.旅はそれでいい.
実はこのオヤジのタクシーに帰国の際にも乗るのだが、大失態をしてくれる...
2006/5/24 今だから 書けること 11偶然は結構ある.病気のフーが迷ってきたときも、その数日前に、猫がいてもいいかなと話していた.
「でも、お前が食べられても困るし..」話しかけていた相手は、何匹目かのハムスターのナッピ.
結果は、ナッピが老衰で亡くなるまでしばらく同居したが、いじめれたのは猫のフーのほうで、ちょっかい出し過ぎて鼻をかじられた.信じ難いほど本当に仲良く、猫とネズミが遊んでいた.
建築関係のホームページなど山ほどあるが、偶然あるページに目が移った.秋田にある会社で、代表の名字と秋田に覚えがあり、数日前に「どこで何してるかな..」と思ったものの、誰に聞いても消息が分からない方で外国で世話になった.なぜか変に確信があり電話すると、本人が出た.「もしかして亀さんじゃないでしょうか?VOIKKAという町にいませんでしたか?..」
実に約30年ぶりの再会!まさか同じような職業をしていたとは驚き.
最初に会ったときはオジが18か19歳、彼は20代半ばだったと思う.彼の顔も、話し方も、着ていた服の色まで覚えている.まずは、挨拶の出来ないまま分かれた非礼をわび、しばらく今までの流れを話した.さっそく例のバターサンド(いっつもこれだな)を送ったが、近々行こうと想う.
思いが偶然を呼ぶのか、やがて起きる偶然が思いを立ち上げるのかはわからないが、自分の人生これが多い.いい事が重なっても、「偶然ですよ.まぐれ、まぐれ ..」と思ってしまい、とても努力した自分をほめる気になれない弊害も有るが、心のそこで、何かあっても偶然に救われてうまく乗り切れるという変な自信にもなっている.死んでもおかしくない場面も多かったが、紙一重で助かっている.
別に自分の為に特別なことはしていないのだが、心がけているのは、些細なことで知り合った方にも、その方が幸せになるように、夢がかなうように心の中で常に想うことである.
フーはそばにあるごみ箱の中からオジを見ながらお昼ねです.
フィンランドのクリスがMSNの自分のブログを作れないようなので、この場で彼に作り方のコメントする.読むのとコメント書くのは成功したのだが.どうやら、メインにFIREFOXを使っているようだ.
がんばれ クリス!
Oli kysymus Firefoxsta,mutta en oikein tieda siita asiasta.Operalla ja Firefoxilla on erilaista systeemia kuin Google,MSN..kokemukuseni mukaan ,voi avata googlista ainakin MSN-a.Muistaakseni.
2006/5/4 フィンランド語とフーのゴールデンウィーク窓辺でうたた寝です.本当に久しぶりな快晴.北国の青空は少し白っぽい.
それでも草木が目を覚ますには十分な明るさです.まだ窓を開けると風が冷たいので窓は開けれません.暑い日が来るのは来月くらいでしょうか.もうチョットの我慢.
ゆっくり休日を満喫と思ったが、休み明けまでに読みこなさなければならない専門書が2冊もある.1冊は建築関係だが、もう1冊はフィンランド語の本.その本に関連した本の著者名、荻島を見て思い出した.なんとヘルシンキの貧乏時代にご飯を食べさせてもらった方である.
何とかメール先を調べて30年ぶりのお礼を書こうと思う.記憶では千葉大学の先生だった思う.
それにしても、学者の地道さには驚嘆する.当時フィンランド語の辞書つくりに没頭されていたのは覚えているが、その辞書を発行されたのは10年ほど前.1冊の辞書に約20年ほど掛かった計算になる.
当時、小さなお子さんが3人ほどいたと記憶している.異国で家計が大変だったろうに、私の様な貧乏学生や旅行者にご飯を食べさせ、困りごとの相談にも乗ってくれた.
知り合いにも学者らしき者はいるが、ひたすら出世欲と名誉欲を満たすための活動に一生懸命で、
研究者の名に値しない.学生を使ってただで成果を上げることしか考えていない.こんなのに限って、本を出すと派手なパーティーを開いたりする.ばかばかしくて行く気にもならない.
本当の研究者とは、やはり人や社会への思いやりが深い人だとつくづく思う.
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