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2008/6/1 満5歳の遺書 神童 露姫藩主池田家の分家・通称「西館」の5代目当主である池田定常(1767~1833)の末娘、露姫(露子)は九男十六女の末っ子で江戸屋敷に生まれ、1822年数え年六歳で天然痘(てんねんとう)で死んだが、家族に書き残した遺書の木版刷り4通が鳥取市鹿野町鹿野の雲龍寺で見つかった。 56歳の父への遺書には「於(お)いと(老い年、または お愛(いと)しい)たから(だから)こしゆ(御酒)あるな(上がるな)つゆが於ねかい(お願い)申ます めてたくかしく おとうさま まつたいら つゆ」(写真上左) お年だから、お酒は飲まないでね。つゆがおねがい申ます。おとうさまへ」――。先立つ幼子の優しくも切ない胸の内がつづられ、健康を気遣っている。父は池田(号名)冠山(いけだかんざん)を名のり好学の文人大名、酒豪として有名だった。冠山は、露姫亡き後10年ほど生き、最晩年に『思ひ出草』という随筆を書き、こう記しています。 母(たえ)には「まてしはし なきよのなかの いとまこい むとせのゆめの なこりおしさに おたえさま つゆ」とあり、数え年六つで、むとせのゆめ(六歳の夢)を持ちながら死んでいく自分のはかなさを詠み、数えで6歳という短い命は名残惜しい)と心情を書いていた。(写真上右)
死後、愛用の机
露姫の木像(高さ15cmほど)と書簡、遺書は追悼集として鳥取藩ゆかりの浅草寺に保存されている。法名は浄観院玉露如泡童女 引用通告此日志的引用通告 URL 是: http://nappi10.spaces.live.com/blog/cns!39E8451829AE7F4!8184.trak 引用此项的网络日志
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