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8/27/2008 フランダースの犬:: 原題 "A Dog of Flanders" ウィーダ Ouida の生涯:*不遇だったフランダースの犬の原作者 ウィーダ の記録がほとんど無い。寄せ集めでここに保存する。 Ouida January 7, 1839 – January 25, 1908) was the pen name of the English novelist Maria Louise Ramé (although she preferred to be known as Marie Louise de la Ramée).運河の写真は彼女のなくなったイタリアViareggioの運河風景。イラストはCaricature of Ouida (Punch, August 20, 1881)より。 Ramé was born in Bury St. Edmunds, England, to a French father and an English mother. She derived her pen name from her own baby-talk nickname for "Louise". During her career, she wrote more than 40 novels, children's books and collections of short stories and essays. She was an animal rights activist and animal rescuer, and at times owned as many as thirty dogs. For many years she lived in London, but about 1874 she went to Italy, where she died. 1839年1月1日 イギリスのサフォーク州ベリィ・セント・エドマンズで生まれる。
本名は、マリア・ルイーズ・ド・ラ・ラメーという。父のラテン系の気質を強く受け継ぐ。
子供の頃、自分の名前Louiseがよく言えずウィーダOuidaと言っていたので、周りの人達からもそう呼ばれ、後にペンネームにする。
フランス人で船乗りだった父は、ウィーダが生まれた頃から家に居着かなくなる。別な資料ではギャンブル好きな教師だったとも。
イギリス人の母は、祖母が住むハードウィックの家でウィーダを育てる。
少女時代 読書が好きだった。父がパリで死去。政治的な陰謀で殺されたとも言われ、変わった人物だったようだ。ウィーダも変わった少女で、パーティーでも隅で本を読んでいるタイプで、天才肌なのか書いたものは二度と書き直さなかった。 生涯、生活スタイル、着こなし、作風においてもフランス風な貴族趣味に満ちていて、英国風なものを嫌っていたふしがある。 1859年 20歳 ロマンス小説作家としてデビューすると瞬く間に人気作家となる。 1860年代 母と共にロンドンに移り、一流ホテルのスイート・ルームに住みながら次々とロマンス小説を出版し、 一冊1000万円以上稼ぐ流行作家になる。小説の中に父をモデルとしたヒーローを登場させる。 初期の作風は華やかなロマンティシズムに溢れた空想的な作品で、怪奇的な所もあったが、人生経験を積み重ねる 内に、次第に深みのある落ち着いた作品になっていく。 華やかな生活を送り、いつも美しく着飾って、数々の恋愛に溺れる生活を続ける。 1867年 28歳 『二つの旗の下に』(Under Two Flags)を出版する。 40歳年上のオペラ歌手マリオとロンドンで知り合い、熱烈な恋に落ちる。 恋人マリオを追って、イタリアのフィレンツェに移住し、最高級の豪華なホテルのスィート・ルームに住む。 マリオにラブレターを送ったり、オペラのステージに花を投げ込んだりするが、この恋は実らずに終わる。 1869年 30歳 作家としての地位と膨大な資産を得、イギリス・イタリア両国人の社交界で活躍して華やかな生活を送る。 フィレンツェのヴィラ・ファリノラという屋敷を借りきって毎週豪華なパーティを開く。豪華な衣裳を身につけ、 豪華な白熊の皮の敷物の上に立って客を迎えたそうです。 30代 明るく南国的な作品を多く書く。 ロマンス小説作家として成功したウィーダは、上流階級のサロンによく招かれ、ルーベンスの素晴らしい絵を知る。 何匹もの犬と共に暮らし、フォアグラやキャビア等の高級な食物を与えていたそうです。 犬を心より愛していたウィーダは、後年イタリアに移住し、イタリアの動物愛護協会の設立に貢献する。 1871年 32歳 ベルギーのアントワープに旅行する。 1872年 33歳 『フランダースの犬』(A Dog of Flanders)をイギリスで出版する。 この作品はアントワープを旅行した時に見た事実を取り入れている。 当時、村人達は貧しく、一食ですむ犬は、馬よりも安く貴重だったので、荷車を引く犬は普通でした。 力強い犬をかけ合せたのがフランダース犬で、昔は、町の至る所で見られたそうです。 土地台帳で、当時の住民登録を調べると、風車のある家に12歳の一人娘がいたそうです。 1874年 35歳 この頃イタリア、フローレンスFlorenceへ渡る 以後ロンドンに還る事は無かった。 1878年 39歳 『友情』を出版する。この作品はマルケーゼ・デ・ラ・ストーパとの恋(彼に恋をするが、 彼はウィーダの友達であるイギリス人の歴史作家とも恋愛関係にあったので、この恋も実らずに終わる)や 当時のフィレンツェの上流階級の様子を描いている。 イギリスでウィーダの作品は次々とベストセラーになり、人気の絶頂に達した。 1880年 41歳 『Moths』を出版する。彼女の傑作のひとつといわれる。 激しい情熱の溢れている作品を創作する一方で、詩情をたたえた芸術的な味わい深い短編小説やエッセイを出版し始める。 1882年 43歳 『子供のための物語集』を出版する。 1891年 52歳 『銀色のキリスト』を出版する。 ウィーダは、成功してお金持ちになったが、周りに心を許せる友達がいなかった。 お金が入れば入るほど人を信じなくなっていき、恋人達の心をも疑うようになる。 彼女の満たされない愛情は、決して裏切らない犬達へと注がれていった。 ヴィラ・ファリノラの家の持ち主の許可を得ずに、庭の一角に犬達の立派な墓を建てた事でトラブルになり、 契約を打ち切られると、常軌を逸したように犬達を溺愛していきます。 1894年 55歳 母を亡くし、ルッカLucca郊外ヴィラ・マッソーニに家具付きの家に引っ越すが、イギリス政府からの 年金も、犬や猫の食料に使われ、お金が底をついて、犬達の食事代のために勝手に家具を売り払ってしまう。 家賃が払えなくなったウィーダは、馬車に押し込められ、ヴィラを追い出されてしまう。 イギリス人が多く住む山深い温泉地バーニ・デ・ルッカBagni di Luccaのホテルロシアの一室に引っ越すが、田舎暮らしに 馴染めない事と犬が原因で、再び追いたてれられてしまう。 海辺のリゾート地ヴィアレツジョに引っ越すが、犬が原因でトラブルを起こし、転々と住まいを変えなければ ならなかった。 イギリス政府からの僅かな年金も全て犬や猫達の食事代に使われ、経済的にはかなり苦しくなっていたが、 誇り高い女性だったので、友達の援助の申し出を断る。 1905年 66歳 ヴァン・ウルセル伯の遺産の風車と領地が売り渡される。後に、オンデルウェゼルストラート の小学校(風車小学校)が建設され、校庭に昔の風車が五分の一のサイズで復元された。 駅前広場の馬車の中でホームレスのような生活を送る。 晩年 厳しい寒さで肺炎を患い、左目を失明してしまう。見かねた人々が、ウィーダを安アパートに収容するが、 体力の衰えが激しく、肺炎が悪化して病の床につく。 1908年1月25日 ヴィアレギオViareggioで一人淋しくこの世を去る、享年69歳。 ルッカのイギリス領事が、ウィーダの友人達に募金を呼び掛けてバーニ・デ・ルッカにある英国人墓地に葬られる。 1914年 アメリカの白黒・無声映画「フランダースの犬」(ハウェル・ヘンゼル監督)が公開される。 1916年 アメリカの白黒・無声映画「二つの旗の下に」(J・ゴードン・エドワーズ監督)が公開される。 1922年 アメリカの白黒・無声映画「二つの旗の下に」(トッド・ブラウニング監督)が公開される。 1924年 アメリカの白黒・無声映画「フランダースの犬」(ヴィクター・シャーツィンガー監督)が公開される。 1935年 アメリカの白黒映画「フランダースの犬」(エドワード・スローマン監督)が公開される。 1936年 アメリカの白黒映画「二つの旗の下に」(フランク・ロイド監督)が公開される。 1959年 アメリカ映画「フランダースの犬」(ジェームズ・B・クラーク監督)が公開される。 1975年1月5日 TVアニメ・シリーズ「フランダースの犬」が放映される(~12月28日)。 1985年 『フランダースの犬』(Eenhond van Vlaanderen)のフラマン語版の翻訳本とコミックが出版される。 2月 ホーボーケン観光局の前に建てられた「ネルロ少年とパトラッシェ」の記念像の除幕式が、山本ベルギー駐在 日本大使とコールス・アントワープ市長の手により行われる。 1997年 劇場アニメ映画「フランダースの犬」(黒田昌郎監督)が公開される。 1999年 アメリカ映画「フランダースの犬」(ケビン・ブロディ監督)が公開される。 他に『帰ってきたむく犬』『ストラスモー』『囚れの身となって』『ニュールンベルクのストーブ』(The Nurnberg stove) 等の小説約40編があり、イタリアを舞台にした多くの情熱的な作品を出版する。 作品はガチョウの羽ペンで書き、必ず男性、恋愛、犬の話が付き物だったそうです。 小柄でハスキーな声をしていたウィーダは、高い知性と才能に恵まれた、非凡な話術の持ち主だった。 美と芸術を愛し、自己主張が強く、情熱的で、エキセントリックな性格を持ち、自由奔放な生活を送った。 参考図書 :『名作へのパスポート』こやま峰子 金の星社 過去ブログ「フランダースの犬」あらすじとその考察 TrackbacksThe trackback URL for this entry is: http://nappi10.spaces.live.com/blog/cns!39E8451829AE7F4!9551.trak Weblogs that reference this entry
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